短編小説-青


【まえがき】
短編小説を書きました。現在つくば市外に住んでいるため「つくばで見つけた日々のこと」をかけないと思い、どうしたものかと首を捻った結果、小説ならフィクションだし広い意味でつくばのことと言えるんじゃないかと思いました。(ここ意味わからなかったら大丈夫です)
バイト先の喫茶店のサラリーマンのお客さん2人の会話と、2年以上前のクロッキー帳から見つけた「砂浜に残した青春」というエモいメモ書きから発想を得て書きました。拙い文章ですが、勉強の合間など、休憩時間に読んでいただけると幸いです。


***

「雨上がったんですね」

駅前の喫茶店での対談を終えると、山根はすぐさま伝票を手にし慣れた足取りで会計へ、入口近くのレジ前で財布を取り出しながら、そう口にした。

「しまった」と秋山は思った。己の鈍さを反射的に後悔し、「いや、ここは僕が払いますよ」と一瞬は食い下がりを試みたものの、同時に彼は、山根の一言がこちらに会計をさせる隙を与えないための、一種戦略であることも悟った。

「ほんとうだ」

秋山はそう呟いた。結局、会計を済ませる山根の後ろで他の客の迷惑にならぬよう注意しつつ、店員と彼とのやりとりを待つことにした。窓の外を見ていた。外はすっかり晴れたようだ。先程までの雨が嘘であるかのように、空には一面の青色が広がっていた。クレヨンで画用紙を塗ったような青だった。

だから山根が、

「クレヨンみたいな青ですね」

と呟いたとき、彼は少し驚いた。それと同時に、山根の中に何か自分と重なるものを感じた気がしたけれど、それを掬い取るには、彼は少々疲れすぎていた。

「はは、そうかもしれないですね。晴れてよかった」

「ほんとほんと。じゃあ行きましょうか」

「あ、はい。あ、会計悪いですよ……」「いやいや、連絡とったのは僕の方ですし」というやりとりを交わしながら、2人はビルの外へと続く階段を下りていった。

アスファルトの上に出ると、7月だった。来る途中は町中の人が傘をさしていたのに、今は傘をさしている人は1人も見当たらない。それどころか誰1人として傘を持ち歩いてすらいないのはどういうことか、と秋山は首を傾げたい気分であった。隣の山根だけは、行きの雨の濡れがまだ残るビニール傘を手に持っていて、それが秋山を妙に安心させた。

「秋山さんはこれからどうするんですか」

「うーん、会社に戻ろうかと。戻らなくても大丈夫なんですけど、家に帰るにはまだ早いですし」

日々の仕事に忙殺される秋山であったが、今日に限っては山根との予定が半端な時間に約束されていたため、対談終了後の直帰を許されていた。しかし、秋山は会社のPCを花弁のように囲む大量の付箋を気にかけており、それが彼を強く悩ませるのであった。途端、山根が言う。


「じゃあ、海行きましょうよ」


「え、海」

秋山は予期していなかった山根の希望に熱でも出してしまいそうであった。そのとき目の前を通り過ぎた高校生の白いワイシャツが余計に彼の目を眩ませた。山根の方はというと、さして変わらぬ様子でアスファルトを踏みしめていた。傘から滴る雨水が、足元を少し湿らせ変色させていた。

「そう、海です。今日はもう雨も降らないみたいですし」

「とはいっても…」

秋山は予想外の提案に戸惑いを隠せなかった。しかし一方では、彼の中で最早セピア色となった海を少しずつ記憶の中から手繰り寄せていた。最後に行ったのはいつだろうか。アウトドアとは言えない性格の秋山が最後に海を訪れたのは、20年近く前のことであった。小学生の夏休み、家族で行った伊豆の海に魅了された彼は、2つ上の兄と一緒に駄々をこねてなかなか家に帰りたがらず、両親を困らせた。その後、訪れた海での思い出を夏の絵画コンクールに応募したところ優秀作品に選ばれたのは、彼の当時10年に満たない人生のハイライトであったかもしれない。審査員のおばさんが、クレヨンで塗った空と海の青が素晴らしいですね、と褒めてくれて子供心に明るい気分であった。なんだか海に行きたくなってきた。

「行きましょう、海」

そう言った秋山の目は、小学生の頃と変わらぬようであった。

「いいんですか。やった、嬉しい」

山根もまた傘を持っていない方の手で小さくガッツポーズを決めた。

「夏ですしね、やっぱ海ですよね」

と秋山。

「夏とかじゃなくていいんです。強いていうなら青いから。砂浜に残した青春を取り戻しましょう」

「そっか。そうですね。海行きたい、夏とかじゃなくて。最後のはちょっとよく分からないですけど」

「わはは。とりあえず、急ぎましょう。空が青いうちに」



ぬるい風を背中越しに感じつつ、2人は海を目指した。






おしまい



(文責:あすけ)

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