文化部 – 時間を奪っているのは誰?『モモ』

『モモ』ミヒャエル・エンデ

1976年

ミヒャエル・エンデ作

大島かおり訳

出版社 岩波書店

 

「時間がない」———こんな言葉をよく口に出していないでしょうか。世は時短の時代です。学校でも会社でも、家事でさえ短時間で効率よく物事をこなすことがよいとされる時代です。そのために、食事や趣味に割く時間をおろそかにする人が大勢います。でも、そんなに時間を節約してどうするのでしょうか。忙しさに追われ、生き急いだ時間のあとには何が残るのでしょうか。今回ご紹介する『モモ』は、そんな現代で生きることの意味を忘れてしまった人へ警鐘を鳴らすファンタジー小説です。児童文学だからといって侮るなかれ、たくさんの大切なことを教えてくれます。

あらすじ

舞台はイタリアを思わせますが、どこかは分からないどこかの町。あまり裕福とはいえない人々が住むその町のはずれには、円形劇場の廃墟がありました。そこに身元不明の少女、モモが住み着くことから物語は始まります。

.jpg古代ヘラクレイアの円形劇場。モモが住んでいたのもこんな所だろうか。

 

モモには不思議な力がありました。それは相手の話をじっくりと聴くことです。モモに話を聞いてもらった人は不思議と素敵なアイデアが浮かんだり、悩みが解決されたりするのです。

あるときから町に異変が起こります。今までのんびりと過ごしていた町の人々が、きゅうにせかせかし始めるのです。その背景には”灰色の男”の影響がありました。灰色の男は人々に時間を節約するようそそのかします。奴らに時間の倹約を促された人は自分でも分からないままあらゆることに対して手間を惜しむようになります。大人は子供と遊ぶことをやめ、子供は楽しく遊ぶことよりも将来に役立つ勉強を優先するようになります。そうして灰色の男の計画に呑まれた町の中に、以前のようなゆとりのある時間を過ごす者はいません。皆もはや、”死んだ時間”を送っているのです。しかし、モモは違いました。モモだけが唯一”生きた時間”を過ごしています。人々の最後の望みとなったモモは、奴ら時間どろぼうから奪われた時間を取り戻すため、亀のカシオペイアととも灰色の男に立ち向かっていきます———。

 

『モモ』が教えてくれたこと

『モモ』で扱っているテーマは「時間」です。時間というのは全ての人々に平等に与えられるものです。それなのに現代では「時間がない」「暇がない」と口にする人が大変多くなっている気がします。では、私たち現代人からそれほどまでに時間を奪ったのは誰なのでしょうか?それはきっと私たち自身なのではないでしょうか。物語の中の時間どろぼうは灰色の男たちですが、現代の時間泥棒は自分自身なのです。ミヒャエルはある人物から聞いた話を『モモ』として書き起こしたそうなのですが、あとがきの中でその人物は作者にこう言います。

 わたしは今の話を、過去に起こったことのように話しましたね。でもそれを将来起こることとしてお話ししてもよかったんですよ。(あとがき)

つまり、『モモ』の物語の中で起こった事件は将来、いや今起きていてもおかしくはないのです。

忙しい現代を生きる中でいつの間にか時間を無駄にすることに恐怖を覚えてしまっているのかもしれません。退屈にしていることを「悪」とみなし、何もしていないのは怠惰であるとする風潮は確かにあります。そりゃあ、「進捗どうですか」「進捗ダメです!」では困りますが、何もしない時間だって人生には必要ですよね。「時間を無駄にしないぞ」と思って行動していたはずが逆に、自分の時間を”死んだ時間”に変えてしまっているとしたら…?灰色の男に操られているのは自分かもしれません。

 

おまけ

『モモ』には数々の名言がでてきます。その中でも私のお気に入りを3つご紹介したいと思います。

 ちょっとばかりいいくらしをするために、いのちもたましいも売りわたしちまったやつらを見てみろよ!おれはいやだな、そんなやり方は。たとえ一ぱいのコーヒー代にかくことがあっても———ジジはやっぱりジジのままでいたいよ!

これは観光ガイドのジジ(本名はジロラモ)の台詞です。ジジには、いつか有名になりお金持ちになりたいという夢があります。ですがまずしい彼にとってそれは到底かなうはずのない夢。でもその夢の実現のためあくせくと働く彼ですが、決して自分を見失うようなことはしないと固く決めているのです。

 

(大人があらゆる物事に対して時間がないと言っていることに疑問を投げかけた後で)おかしいじゃないか、みんなはどういうことにつかう時間がなくなったのか、考えてみろよ!

さきほどに引き続き、こちらもジジの台詞です。これは本書の一貫した「時間」というテーマに沿った台詞であるといえます。確かに「時間がない」と私たちはよく言いますが、実際何のためになくなったのでしょうかね。

 

人生でいちばん危険なことは、かなえられるはずのない夢が、かなえられてしまうことなんだよ。

こちらもジジの台詞です。ええ、私の推しはジジです。もし小学生の頃に出会っていたら、今ごろ拗らせていたのではないでしょうか。

(気を取り直して)ネタバレが怖いので深く記述はしませんが、大きな夢をもつジジが悲しげにこう言うシーンは心にくるものがあります。

 

最後に

本書は小学5、6年生を対象として書かれたものですがなかなかの厚さがあり、それなりに腰を据えて読む本だと思います。(遅読家の筆者は読み終わるまで5日ほど要しました…。)TwitterやInstagramが普及したのも手軽で時間がなくても利用できるからかもしれません。140文字で読み終わるメッセージもいいですが、たまにはゆっくり時間をかけて読書をするのもいいものです。ちなみに筑波大学にも図情図書館に本書が置いてあります。興味をもった方は是非読んでみてください。とてもおもしろいです!

 

文章:あすけ

 

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